セラピストネーム「てぃだ」の由来 ~石垣島移住記 vol.2~

皆さん、こんにちは

富山県にあるインド雑貨ショップ 「ラマナ・ムーン」店長のてぃだです♪

今日は、石垣島移住記の続きになります。

3度目の石垣島移住を決意

一旦、富山へと戻った私は以前のようにしばらく派遣社員として働いていました。
でも、心のどこかで「また必ず石垣島に移住して今度こそは永住する」と心に決めていたのでした。

そうして、月日が経ち約8年後、2016年5月に再度、石垣島へ飼い猫の小梅と移住したのでした。

小梅を飛行機に乗せるのは、とてもストレスになると感じていたので、私が日頃から行っている、クリスタルヒーリングで
搭乗する2週間前から毎日、体調のメンテナンスを行っていました。
また、私はアニマルコミュニケーションが出来るので、「飛行機に乗って石垣島へ向かい一緒に暮らす」ということを毎日、小梅に話して、説明してきました。

そして、念願だった、3度目の石垣島移住を果たし、石垣島の空港に降り立つと、友人が出迎えてくれました。

仕事は、まずホテルにある売店スタッフとして働いていたものの、朝6時からという勤務時間に馴染めず、1カ月後には
総合病院の健診センターで医療事務として勤務を始めました。

家から徒歩5分もかからないという距離にある勤務地だったのですが、一緒に仕事している仲間は看護師長さん含め、本当に気さくで優しい方ばかりで毎日、笑いの絶えない賑やかな職場でとても楽しく過ごせたのでした。

患者さんたちもとても気さくでいい人ばかりだったのですが、沖縄の人たちは飾らないというか、人と人との間に隔たりがなく、常に思いやってくれるということを改めて体感し、ますます石垣島が好きになっていったのでした。

月桃の花
住んでいたマンションのドッグランで遊ぶお友達のわんこ
嵐とこたろう
住んでいた部屋からの夕日
テッポウユリ

職場で知り合ったおばさんのお孫さん達にパステル和(NAGOMI)アートの教室をしたこともありました♪

みんな、真剣になって描いています♪
完成したアート

「みんな違って、みんないい」
まさに、その言葉通りの、素敵な絵が出来上がりです♪

小梅さんの様子に異変が・・・

そうして、仕事にも慣れ、友人にも恵まれ、ともて楽しい日々を過ごしていたのですが、ある日、小梅さんがご飯をほとんど食べなくなってしまったのです。
石垣島は湿気がすごく、5月で梅雨時期だったこともあり、気づいたら部屋の戸棚の裏にカビが発生していたり、下駄箱の靴がカビたりしていることがあったのですが、内地から持ってきた小梅さんのドライフードも2週間後にはカビてしまったのです。

富山県の家では広い家でのびのびと家族と暮らしていたのに、石垣島では8畳ほどの一つの部屋でずっと毎日、お留守番。
きっとそんな生活が小梅にとっては、退屈でストレスなのだと感じてきました。

ドライフードをなかなか食べないので、手作りごはんに替え、大好きな鶏肉の湯がいたものをあげたりしても、食べたり食べなかったりが続いていました。

住んでいた部屋からの風景
やっぱり、富山に帰ろうと決意

そうしているうちに、海の見える高台にある部屋に住み、大切な小梅と暮らす日々を憧れていたのに、心に不安な気持ちが段々と生じてきたのです。

このパートの仕事でずっとやっていけるだろうか?
内地から持ってきた車を1年後も維持できるだろうか?
やっぱり、みんなが言うようにダブルワークしないと生活できいないんじゃないか?

そう考えていたある日、突然、ふと
「やっぱり、富山に帰ってパートナーを見つけよう」
となぜか、決意したのでした。

石垣島で良い人を探しても良かったのですが、富山県人の真面目に働く堅実な性格を思い出し、結婚するなら富山の人が良いと、石垣島移住を諦め、富山に帰ることを決意したのでした。

石垣島を経つ前には、職場仲間のOさんがカヌーを出してくれて、一緒に海遊びをして、ご飯までご馳走してくれました♪
優しいご主人にも本当に感謝の気持ちにいっぱいになると共に、私もお二人のような夫婦になりたいな~と感じたのでした。

セラピストネーム「てぃだ」の名前の由来

こうして、3回もにわたって石垣島移住をしてきた私でしたが、富山に戻ってからも、大好きな石垣島での思い出が心の支えとなっていったのです。

富山に結婚するために帰ると言った私を温かく見送ってくれた病院の仲間たち、お世話になったマンションの大家さん、 友人・・・
みんなと出会ったことは私の宝物となり、今でも私にとって大切な人たちであり、石垣島で暮らした経験があるからこそ、今の自分があるのだと感じています。

私のセラピストネーム「てぃだ」という名前は、沖縄の言葉で「太陽」という意味ですが、チャネリング講座を受講した後、セラピストネームをつけようと考えていた時に、ふと、
「そうだ、大好きな沖縄の言葉のてぃだにしよう」
と決めたのでした。

驚いたことに、私の小学生時代のニックネームは、いつもにこにこしているから
「ニッコー」「にこちゃん」
だったのですが、太陽とニッコーは同じなんじゃないかと気づいたのでした。

チャネリングを学び始めて、お客様のセッションをしているうちに、私がメッセージを伝えることで誰かが幸せになれば良いなと思っていたのですが、沖縄の太陽のようにお客様の心を照らせるような存在になりたいと思うようになっていました。

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